2016年11月28日月曜日

健軍情報101-復興へのひかり

熊本市街から、夜、市電に乗って健軍方面に向かうと
鶴屋デパートから始まって、九州学院
マリスト学院、神水教会、と
つぎつぎに立派なイルミネーションが現れて、
車窓を楽しませてくれます。
赴任からこのかた13年間、なんとなくそうした
イルミネーションから背を向け続けてきたのですが、
やるなら今年しかありません。
1995年の阪神大震災の年に始まった「神戸ルミナリエ」に
あやかるわけではありませんが、
健軍地域の方々に、
復興への希望となるような光をとどけましょう!
と先週、教会員さんと準備の作業に取り組みました。
なんせ初めての試み。
しかも素人仕事ですから、うまくいくかどうかわかりません。
イルミネーションはインターネットで購入して費用を抑えます。
10メートル×9本。トップの星は別売りです。
これに、ハンズマンでステンレスワイヤーを買ってきて
インシュロックで留めていきます。
 ここまでは順調でしたが、問題は設置作業。
当初計画した、屋根上の十字架に、
ひもを結んだボールを投げて引っかけて吊す、
という案は、ワイヤーがセンターで安定せず、
うまくいきませんでした。
この日はここまでで時間切れ。
そこでプランBに変更し、改めて作業。
3階の屋内の壁にアンカーを打ち込んで
両窓からワイヤを出して吊すことに。
なんとか設置作業を終了しました。
点灯は、アドベントのイブである11月26日から。
健軍の街ゆく人々に、
少しでも明るい想いを届けられれば幸いです。


2016年11月15日火曜日

健軍情報100-3つの力が合わさって

例年、雨に悩まされてきた健軍教会バザー。
復興バザーとして開催された今年は、
雲ひとつない晴天のもとで行われました。
 広安愛児園
こどもL.E.C.センター
熊本ライトハウス
めぐみ幼稚園
健軍教会教会学校の子どもたちが集う
子ども祝福礼拝では、大勢の子どもたちで礼拝堂が満たされ、
子どもたちはひとりひとり聖壇に昇って牧師から祝福を受け
女性会からのプレゼントを受け取ります。
その間にも、教会の入口には地域の方々が長蛇の列で
開店を待ちます。
 11時30分に、まず屋外の売り場が開店。
礼拝後、大急ぎで礼拝堂を食堂に配置換えし、
11時45分には、屋内の売り場も開店します。
 屋外では、焼きそば、焼き鳥、アメリカンドック
ワッフル、ポップコーン、ジュース
こどもくじ、キャンディーレイ、おもちゃ、
それに、家具売り場、古着売場が開店しています。
 地域の方々がまっさきに向かうのは、
リサイクル品売り場。両手に持ちきれないほどの商品を抱えて
なんどもレジに並ぶ方もおられます。
こうした商品の数々も、どこからやってきたかと言えば、
もともと地域の方々が持ち寄って下さったものです。
地域の方々が楽しみにしてくださっているバザーですから、
また、この収益を、地域に還元していきたいのです。
屋内では、リサイクル品、手芸品、食品、
カレー、お寿司、だご汁、みつ豆、コーヒーセット、紅白万十
といった売り場が開店しています。 
教会員だけでは、スタッフに限りがありますから、
例年学生さん方に応援をお願いしています。
今年は、ルーテル学院からふたりのボランティアさんが
参加してくださいました。
 そして、なんといってもこのバザーの特徴は、
関係施設の全面的な協力のうちに開催されることです。
バザーは、関係施設の担当者さん方と会議を重ね、
その目的や収益の使途についても、
いっしょに確認していきます。
 その上で、それぞれが慣れた売り場を担当して下さいますから、
準備や当日の協力体制もばっちりです。
 今年のはじめての試みは、
健軍教会の元避難者、大山桂司くんに
ゲリラライブを開催してもらったこと。
ブルーハーツの「青空」や、
忍たま乱太郎の「勇気100%」など、
それぞれの世代に響く選曲で、
会場を沸かせて下さいました。
地域と施設と教会のそれぞれの力がうまくブレンドされて、
今年も楽しいバザーになりました。
神さまに感謝です。
収益は、まだ金額が確定していませんが、
被災された学生さん方の奨学金のため、
また被災された障がい者さん方の
支援の働きのために用いられます。
 

2016年11月12日土曜日

健軍情報99-復興バザーはなんのため?

この1週間は、健軍教会にとっては、
怒濤のバザー週間。
バザー1週間前の日曜日。召天者記念礼拝が終わると、
倉庫に山積みになっていたバザーの商品を、
みんなで一斉に運び出します。
 この日、たまたま礼拝に参加しておられた
被災地障害者センター熊本のボランティアのおふたりも、
わけもわからず、仕事に巻き込まれていきます。
ボランティア!?お疲れさまです。
その日のうちに、あらかた会場の設営を終わらせます。
今年は、例年よりリサイクル品の献品が多いようです。
ここまで、すませたところで、
わたしは月曜日から東京出張。
飛行機からは、翼の下に、赤く色づいた阿蘇の全景。
先日の噴火で、噴煙が一宮方面に流れた様子が見て取れます。
 そして、東京に近づいたところで、今度は翼の上に富士。
ちょっとはっきりしませんね。
ともあれ、わたしが留守にしていた3日間も作業は続きます。
休憩時間のための甘い物のお土産は必須ですね。
さて、本日土曜日。
この日は朝から、教会壮年会に加えて、
広安愛児園、こどもL.E.C.センター、
熊本ライトハウスからも応援を得て、テントの設営です。
テントはめぐみ幼稚園から。
晴天予報なので、今年は7張り。
助っ人が多かったので、あっというまに張り終わりました。
教会の正面玄関側に、「ご自由にお持ちください」の
食器の箱を配置してみました。
いよいよ明日がバザーですから、
宣伝効果を狙っています。
通りがかりの方が、箱から2つ、3つと持ち帰られます。
みんな、ごっそり食器を失いましたからね。
今日の賄いはハヤシライス。
テントの下で頂きました。
さて、健軍教会では、関係施設を卒業して進学していく
学生さんたちのための奨学金制度を、3年前からスタートさせました。
教会と関係施設が、多くの方々からも支援を得ながら
運営をはじめた、若枝奨学金の取り組みです。
今回のバザーでは、その収益金を、
この奨学金の枠組みを活かして現在制度を準備している
被災学生生徒奨学金のために用いる計画です。
この新しい奨学金制度の概要についても、
近いうちにみなさまにご報告できると思います。
その他に、被災地障害者センター熊本の働きのためにも用いられます。
明日は、いよいよバザー当日。
子ども祝福礼拝は10時30分から。
復興チャリティー教会バザーは11時30分から、14時頃までです。
ぜひみなさん、遊びに来て下さい。
 おまちしています!
 
 


2016年11月10日木曜日

健軍情報98-ちょっとずつ不便なのだけれど口にしづらい健軍の日々

改修工事中の熊本日赤病院
なんだかやっぱり、微妙に不便なのだ。
でも、それがどうしたのだといわれれば、
それほどのこと、というわけでもない。
別に、比較的近所のスーパー6軒のうち3軒が閉鎖・撤退していたって、
残りの3軒で買い物が出来れば、それほど大きな問題というわけではない。
時折出かける大型ショッピングセンターが、
2軒とも半分しか店を開けていなくても、
それで生活が困るほどのことではない。
行きつけの飲み屋が何軒かつぶれたって、
映画館や音楽ホールの再開が遅れていたって、
別に食べるに困るほどのことではないのだ。
教会の隣の焼き鳥屋は仮設店舗で営業中。まだ健軍に戻れない。
 健軍から東に車を走らせれば、累々としたがれきの広がる益城町。
西に向かえば、少なくとも見た目には
不自由さを意識せずとも暮らせるようになってきた熊本の市街。
その狭間にあって、多少の不便だの何だのと口にしづらい狭間の地域に、
健軍の人たちは暮らしている。
地域の子どもたちの思い出を刻んだ秋津有楽園も廃業した。
家賃収入を年金生活の足しにしていた別宅が全壊して、
老後の生活設計に不調をきたしても、
自分が住んでいる家が無事ならば、困ったと口にするのは憚られる。
これから売電して設置費用を回収するつもりで
屋根の上に設置したばかりの太陽光パネルが壊れて、
資金回収の見込みが立たなくなってしまっても、
雨漏りしている屋根よりは、だいぶんましという他ない。
家屋の一部損壊では、事実上なんの支援もないわけだし、
壁のヒビや柱の間のすき間などは、それが個人の住宅なら、
工務店に相談したとしても、、
「とうぶん見ないようにして眼の方を塞いでおいて下さい」、
とでも云われるのがオチだ。

避難者さんが暮らしていた教会の裏のアパートも更地になった。
みんな、あれこれ少しずつ不便や不満があり、
でも暮らしづらい仮設住宅のひとたちの生活を思えば、
大きな声で不満を口にするわけにもいかない。
そのたびに、そのつぶやきをそっと呑み込むだけだ。

工事中の日赤。市民病院は移転新築の方針だという。
これは我が家のはなし。
部活でしたケガの手術を、ほんとはすぐに済ませて
1日でも早くリハビリを始めたかったのだけれど、
近隣の市民病院は「倒壊の恐れあり」で、閉鎖したまま。
その結果お世話になった日赤病院は、市民病院の患者さんを受け入れて大混雑。
病棟にも順番に補修工事が入っている関係で、手術は2ヶ月待ち。
それで練習への復帰も2ヶ月先延ばし、というわけ。

熊本空港も店舗の半分は閉鎖され、全面復旧にはほど遠い。
 そんな、歯がみしたり、机を叩いたりするほどでもないような
微妙な不自由さを誰もがのみ込みこんで、
健軍の人たちは、西を見たり、東を見たりしながら、
日々を過ごしているのだ。