2016年6月29日水曜日

報告書の誤り-振替口座番号

健軍教会からお送りした、避難所活動の報告書
「健軍ルーテル教会 避難所の日々」
に、記載の誤りがありました。
 
 
最終ページ下段
募金の送付先の項
振替番号の誤りです
正しくは次の通り
 
 
口座振替 00190-7-7134
宗教法人日本福音ルーテル教会
 
 
以上、訂正いたしますので、
よろしくお願いいたします。
 
 
なお、報告書は健軍教会の避難所の活動について
A4版4頁立でまとめたものです。
ご支援くださった方々にお送りしていますが、
混乱の中、記録や住所がわからずに
お送りできていない方が少なくありません。
 
内容は、このプログで発信してきたことを
短くまとめたものですが、
送付を希望される方は、お手数ですが
教会までEメール等でご連絡をお願いします。

健軍情報74-小鉄のことを書いておこう

小鉄は、哀しくもしあわせな猫である。
健軍教会が大きな混乱のただ中にあった4月の下旬、
小鉄は健軍教会にやってきた。
いつ、どのようにしてやってきたかは誰も知らない。
教会は40数名の名前もわからない避難者さん方に、
三度の食事と寝る場所を提供することに手一杯で、
正直、猫のことまで気が回らなかったのだ。
 
避難者さんの中には、
犬と一緒に来られる方、猫と一緒に来られる方、
中にはトカゲや蜘蛛のゲージを持ち込まれる方もおられたし、
また避難者さん方自身の出入りも激しく、
駐車場で車中泊をなさる方も多かった。
避難者さん方が固定化し、みなさんのお名前をうかがって、
誰が教会に住んでおられるのかを把握できたのは、
4月も終わろうとする頃のことであった。
 
そんな混乱した日々の中、気づくと小鉄は、
駐車場の片隅で、避難者さん方からエサをもらっていた。
心身ともに深い傷をおった避難者さん方が、
自身と同じように奇遇先を求めていた迷い猫に、
名前と食事を提供するようになっていたのだった。
名前の由来ははるき悦巳の「じゃりン子チエ」から
小鉄は、愛想の良い猫である。
かわいがってくれる相手には、
顔を見つめ、じゃれつき、お腹を見せて横になる。
猫好きな飼い主さんにかわいがられてきたことが伺い知れる。
エサをくれる避難者さんをわかっていて、
お腹が減ってくると、よく足にカラダをすり寄せてエサをねだった。
多くの避難者が彼によって癒やされ、
ひとときの和みを得たのだった
 
 
避難所の運営も1ヶ月をすぎ、5月も下旬になると、
毎週のように避難者さん方の「卒業」が続いた。
「避難者ゼロ」が、視野に入るようなり、
避難者ならぬ、避難猫小鉄の行方が焦点として浮上した。
 
エサを提供する避難者さんも減り
小鉄はいつも、お腹を減らして
通りかかる誰彼なくすり寄っては
エサを求める仕草を繰り返すようになった。
しかし、猫を飼う環境にない者たちは、
安易なえさやりを躊躇せざるを得なかった。
避難者さん方も、自身の生活もままならない中、
新たな家族を抱え込む余裕はないようだった。
 
 
5月が終わる頃、最後の避難者さんが教会を後にした。
それでも、小鉄には行き先がなかった。
教会の駐輪場のブルーシートの上が、彼の寝床だった。
小鉄の写真を撮り、飼い主を探すチラシをつくって
近隣のコンビニに貼り出したが、
有益な情報は得られなかった。
 
 
小鉄の体重の減少が少しずつ目につき始めた
6月のある日曜日、
礼拝に来られた教会員さんが、とうとう決断を下された。
雨の降りしきる中、
帰途につこうと開いたクルマのドアに滑り込んできた小鉄を、
ついに「うちのねこ」にする腹をくくられたのだった。
小鉄が、健軍教会避難所を「卒業」できた瞬間だった。

 
その後のことも、
書いておいた方がいいだろう。
実は小鉄は今、病院にいる。
「うちのねこ」にするにあたって、
教会員さんにつれていかれた健康診断で、
猫白血病に罹患していたことが明らかになったのだった。
地震を期に、やさしい飼い主さんとはぐれて住処を失い、
ひとときを健軍教会避難所で生き延びたものの、
重篤な病をえてしまっていた小鉄。
 
彼はしばらく病院でインターフェロンの投与をうけ、
症状が落ちついたら、教会員さんの自宅に戻ることになる。
それでもきっと、そう長く生きることは出来ないだろう。
しかも、猫白血病は、猫どうしで伝染する可能性があるため、
その会員さんが飼っている他の猫たちと一緒に住ませることもできない。
それでも猫好きな教会員さんは、小鉄に新しい名前を与え、
自宅を離れた息子さんの部屋に、彼専用のゲージを設置して、
病院へのお見舞いを繰り返しながら、彼の帰りを待っている。
 
 
2代目のとらちゃん。
これが、小鉄の新しい名前である。
地震前、おそらくやさしい飼い主さんにかわいがられていた小鉄は、
地震をきっかけに、飼い主さんとはぐれて健軍教会避難所にやってきた。
ここで避難者さん方の心を癒した小鉄は、
今は、新しい飼い主さんのやさしい看病をうけながら、
新しい住処に帰る日を待っている。
 
小鉄は、いや、とらちゃんは、
哀しくもしあわせな猫なのである。

追記

7月8日。小鉄=とらちゃんは、
新しい飼い主のご自宅で、天に召されました。
同日、親しかった避難者さんとともに、
教会にてお別れのお祈りをいたしました。

小鉄をかわいがって下さったみなさま、
また小鉄のためにお祈り下さったみなさま、
どうもありがとうございました。

 

2016年6月25日土曜日

健軍情報73-やりきれなさ

いや、自分の話ではないのです。
それでも、想像するだにやりきれなさを感じるのです。
熊本は、連日豪雨に見舞われている。
 今回の震災で、多くの方々が我が家を失い、
また住んでいる家に大きな損傷を受けました。
東京に出張する度に上空から、
ブルーシートだらけの屋根の波に哀しみを感じ、
それでも、シートが張られていると云うことは、
住むべき家が残されたという意味であることも思います。
ひとつの屋根の下に、ひとつの家族の物語がある。
確かに住む家が残されている人は幸いです。
けれども、今回の豪雨では、
ブルーシートを突き抜けて2階の部屋の中を川が流れた、
というほどの雨漏り!? を経験した会員さんもおられます。
 
熊本では、絶望的に瓦がなく、
屋根職人さんがおらず、
屋根の修理は半年待ち、1年待ち、と云われています。
河川の土手が崩落しているのも日常風景
素人が屋根に登ってブルーシートを張り、
土嚢に土を詰めて押さえに使っていますが、
本格的な暴風雨に遭えば、ひとたまりもありません。
直射日光に晒されるブルーシートの防水性には疑問があり、
耐久性は、もって1ヶ月だといわれます。
それでも、ブルーシートに頼るほかに手はありません。
 
先日のボランティアで伺った避難者さんのお宅でも、
シートが張られているにもかかわらず、
壊れた屋根から漏った雨が天井からしたたり落ち、
壁づたいに水たまりをつくり、部屋の畳がグズグズになっていきます。
仕方がないから、家の中に洗面器をおいたり、ブルーシートを張って
家財を雨漏りから守ります。
住み手を失った家にはシート張られない。

すると間もなく天井が落ち 屋根のすき間からは空が見える

そして、容易に想像できることは、
この湿っぽい梅雨空の中で、
そのうちすぐに、家中に黴がはびこってくる、ということです。
相手が浴室の黴であるなら闘いようもありますが、
家中にはびこる黴とは、どうやって闘うのでしょうか。
 
さらなる暗い見通しは、台風シーズンです。
もはや素人仕事のブルーシートがかなう相手ではありません。
 
「考えてもしょんなかたい」、
とみなさんおっしゃいますが、
その表情は明るくはありません。

その打つ手のなさに、
やりきれなさを感じるのです。

 

2016年6月24日金曜日

健軍情報72-益城のルターさん

先週末、お休みをいただいてリフレッシュしたこともあって、
福岡の牧師先生方が中心になって取り組んでいてくださる
「できたしこルーテル」のボランティアの働きに、
ようやく少しだけ参加してきました。
 
ルーテル教会の対策本部である「できたしこ」では、
公的避難所である、広安愛児園/こどもL.E.C.センターの拠点で
次のような事業に取り組んでいます。
 
①体育館の床の上で暮らしておられる避難者さん方の憩いの場としての
 「ルターバックスカフェ」の運営(通称:ルタバ 原則月~金のお昼間開店)。
②連日お弁当の晩ごはんが続いている避難者さん方のための
 副食提供サービス。
③避難者さんや近隣の方々の家の片付けや引越の支援。
④地域の方々の震災がれきの処理事業。
 「できたしこ」では、ガレキ処理や引越作業を牧野さんが、
カフェや副食の提供などは、東さんが担っておられ、
それに適宜、福岡などから牧師さんやボランティアさんが加わります。
 
左から牧野さん、東さん、ボランティアさん方
この避難所は、公的避難所ですから、
益城町役場から、担当職員が派遣されているのですが、
避難所のそばに、お茶を飲んだり、おしゃべりすることが出来る
カフェが常設されていることは、地味な働きではありますが、
なかなか味わい深い意味があるのだと感じます。
 
そこでは、避難者さん同士の交流がある他、
避難者同士では云えないグチを聴いてくれるボランティアさんが居て
また、罹災証明や家屋解体費用の助成などについても、
気軽に相談に乗ってもらうことが出来ます。
愛児園/こどもL.E.C.センターの広大な敷地の中で
日常会話のおしゃべりを通して、避難者さん方のニーズを聴き取り
行政の窓口に同行したり、買い物などの相談に乗ることもあります。
愛児園/こどもL.E.C.センター避難所は、
500人規模からスタートして、いまは20人を下回るほどになりましたが、
仮設住宅の建設も遅々としており、
避難所自体の需要は、当分なくならないのです。
 
先日参加したボランティアでは、
牧野さんとともに、避難者さん宅から冷蔵庫や洗濯機など
引っ越し先でも使うことが出来る物品を運び出して、清掃する作業をしました。
2階建てのアパートは雨漏りが激しく、家の中はグスグズになってしまって
正直ひどいありさまでした。
それでも、仮設入居を見据えて、体を動かす作業をすることは
避難者さん方にとっても、前向きな事柄です。
慣れ親しんだ「我が家」に後ろ髪を引かれながら、
それでも前にすすんでいくしかないのです。
綺麗になるって気持ちイイ

そうした避難者さん方の揺れる思いにも寄り添いながら、
「できたしこ」の働きは、
これからも地道に続けられていくのです。

「できたしこ」で「益城のルターさん」として有名な避難者さん。間もなく引越予定。
 

2016年6月23日木曜日

健軍情報71-ええころかげんはイイかげん

先週末、お休みを戴きました。
ルーテル教会は、それなりにいい教会で、
被災地の牧師たちの疲れがたまってきた頃に、
1週やすんでください、と、
代わりの牧師さんを派遣してくださったのです。
 
「震災2ヶ月」。
はやくも自分の教会の礼拝を空けるのか、と少し迷ったのですが
教会はわたしのものではありませんし、
今は頑張り続けるタイミングではない、と判断して
ありがたく申し出を受けることにしたのです。
我が家の気分転換はたいていドライブ
おかげではじめて息子の部活の応援に行かせていただきましたし、
震災で失ったものを、少し買い入れることも出来たのでした。
東福岡の強さはハンパないです!
先週行われた、震災後のこころのケアを話しあう集まりでも、
いまが、疲れと不満が顕在化してくる時期であることが語られました。
がまんし続け、がんばり続けた来た人たちの中で、
自分以外の人たちの弱さや身勝手さが、
少しずつ気になり始める頃でもあります。
我が家の懸案だった新しいドンブリも
そうすると、余計なことでギスギスしたり、
気をつかいすぎたりして、
相手を責める気持ちになって気が滅入ってきます。
避難所でも、少しずつそうした声を耳にするようになりました。
専門的にいうと「ハネムーン期の終わり」
ということになるのだそうです。
海は見ているだけで心がやすらぎます
そういうわけで、まずは自分が頑張りすぎないこと、
そして我慢しすぎないこと。

確かにやらねばならないことはたくさんありますが、
それを、「きっちりかっちり」こなしていくのでなく、
「えーころがげん」にすることです。
自分もえーかげん、
相手もえーかげん。
そう考えていなければ、やりきれません。

この時期、まずは自分をゆるし、
そして相手をゆるして、
そんなふうにして乗り切っていきたいものです。
 



 

2016年6月17日金曜日

健軍情報70-こどものこころ

チャイルドファンドジャパン=CFJは、
かつて基督教児童福祉会国際精神里親部=CCWAと称した。
健軍ルーテル教会が関係している
(福)キリスト教児童福祉会 広安愛児園とは、
組織の形態は違えど、おなじルーツをもつ、
いわば兄弟とも云えるNGO。
「できたしこ」がテントを張る広安愛児園/こどもLECセンター
 今回の熊本の震災にあたって、
すぐに「故郷の兄弟」を訪ねて下さり、
震災後の子どもと親のこころのケアのために
NGOの立場から心を砕いて下さっている。 
その成果のひとつが、以下のウェブサイト。
https://www.childfund.or.jp/kumamoto/

震災直後に、「東日本」の経験から作成されたリーフレットを、
熊本にご持参下さったのだが、
いまだ余震もやまず、幼稚園保育園も再開されない中で
残念ながら、お母さんたちが、
小さな文字がびっしりと並んだリーフレットを読むとも思えない。
「東日本」のあとに作られたりーフレット 26頁立
 内容をシンプルにしてスマホ用のウェブサイトを開設して欲しい、
とリクエストしたところ、すぐに実現して下さったのだった。
ご協力下さったのは、ルーテル学院大学の加藤純先生。
 
今回、CFJの担当者と加藤先生が来熊し、
熊本のルーテル関係の幼稚園・保育園の先生方と懇談の時をもった。
少し日々の生活が落ちついてくる中で、
今度は、お母さんたちが手にとって読みやすい、
子どものケアのためのポケットブックを作成して下さるという。
そのために、執筆してくださる加藤先生とともに、
熊本の子どもたちの様子を聴きに来て下さったのだった。
集まったルーテル関係園の園長さんたち
その成果は、今年の夏までに形になってくるだろう。
 
地震以後、子どもと親のため、
  職場とお客さんのため、
夫と夫の家族のため、
     地域と学校のため、
       避難者とボランティアさんたちのため・・・。
健軍教会の関係園 めぐみ幼稚園
誰かのために頑張りつづけて、お母さんたちも疲れている。
そして、お母さんたちが疲れてくると、そのしわ寄せは、
これまでたくさんガマンして、
ずっといい子を演じてきた子どもたちへとむかっていく。

5月 健軍教会避難所にて
そんなお母さんも子どもたちも、ちょっとひと息つけるような、
そんなポケットブックができあがるように、と期待しています。
CFJさん、どうぞよろしくお願いします。






 

2016年6月14日火曜日

健軍情報69-花の日礼拝2016

健軍教会の花の日礼拝には、
関係施設から、たくさんの子どもたちの参加があります。
この日も、広安愛児園と
熊本ライトハウスの子どもたちで、礼拝堂はいっぱい。
礼拝の形式も、少しシンプルになり、
年に数回の「大人と子どもがともに守る礼拝」
として行われます。
今朝は、ルーテル教会の聖書日課からも離れ、
いつもは読むことはない旧約続編のマカバイ記2の
 
    「主は、わざわいをもって教えられることはあっても、
ご自分の民を見捨てられることはないのだ。」(6:16)
 
とのみ言葉から、
地震での経験と神さまへの信頼について
絵本を通して、子どもたちといっしょに学びました。
持ち寄ったお花は、例年のように、
 礼拝後に、近隣の施設などに持参しました。




2016年6月13日月曜日

健軍情報68-泉ヶ丘小 炊き出しの日々

毎週日曜日の恒例となっている、健軍教会の
泉ヶ丘小学校避難所での炊き出し。
今日も礼拝が終わって、夕方から女性会の有志が集まり、
避難者の方々の夕食づくりです。
連日、パン、お弁当、レトルト食品ばかりを食べている
避難者さんのことを慮りながら、
メニューを考えます。
 今夜の献立は、赤魚の煮付けに
わかめとキュウリの酢の物、
そして高菜漬け。
 
泉ヶ丘小は、行政の担当者が代わってから
ようやく避難所に食堂コーナーが出来、
みんなが食卓についてご飯を食べる環境が整いました。
そうそう、これが大事!
みんなであれこれ言いあい、笑い合いながら
食事の時間がすすんでいきます。
一時は、130食ほども準備していた炊き出しも、
いよいよ20食ほどに縮小してきました。
地域の小学校のことですから、
できるだけ最後まで同伴していきたいと願っています。
それでも、さらに厳しい生活をしておられるのは、
ほんとうは、避難所に入らずに庭や公園などで
暮らしておられる方々なのですが・・・。


2016年6月12日日曜日

健軍情報67-インターロッキングブロック

若き日に、黒川紀章氏の事務所でも修行をされたという
上田憲二郎兄の設計された健軍教会。
決して斬新なデザインではありませんが、
堂々としていながら、しっかり街に溶け込んでいます。
今回の震災では、タイル一枚剥がれることなく、
被災者さん方の生活を受けとめてくれました。
 
ただし、「大丈夫だった」といっても、
まったく被害がないわけではありません。
犬走りにひびが入り、建物との間にすき間が空いたり、
玄関先のインターロッキングブロックに浮きが出て、
がたがたになり、お年寄りの方など
つまずく危険性も見て取れました。
「できしこルーテル」のみなさんに相談したところ、
「今日は仕事が早く上がったから」、と
さっそく修理に汗して下さいました。
浮いているブロックをはずしてすき間の汚れを取り
底の砂を均して再び並べ、
地域のDIYショップで買ってきた砂を撒いて
ほうきやタワシでブロックのすきまに
掃き入れていけばできあがり。
みんな初めての作業でしたが、
なかなか見事な仕上がりになりました。
貴い汗を、感謝です!


2016年6月11日土曜日

健軍情報66-大丈夫なのかどうなのか?

地震直後に安否確認の電話をした折、
「大丈夫です!」、と話しておられた会員さん宅を訪問した。
 
幸いお会いすることが出来たのだが、
外観から一見して全壊判定とわかるご自宅で生活・・・。
仮設扱いの公営住宅に当選したので、
いまは引越の準備の真っ最中とのこと。
 
教会から少し離れた場所であったこともあり、
なかなか訪問できずにいたことを悔やんだ。
健軍教会では会員の1割近い7世帯が引越を余儀なくされた
どういう状況でお話しするかにもよるのだが、
「大丈夫でしたか?」、と声をかけると、
たいがいの方は「うちは大丈夫だったのです」、と答えられる。
 
阿蘇や益城の映像を、繰り返しテレビで見ているので、
たとえ食器の9割を失おうが、
庭のブロック塀が倒壊していようが、
家の壊れた親戚が自分の家に同居していようが、
屋根にブルーシートがかかっていようが、
引越を余儀なくされようが、
感覚としては、みなさん「大丈夫!」なのだ。
 
緊急避難が必要な状況を生き延びたとしても、
生活の再建は、まだまだこれからが本番だ。
先週は1泊で教区の、来週は2泊で全国の常議員会
わたしはといえば、やはりちょっと疲れが出ているのだろう。
この10日ほどのあいだに、
地震を生き延びたPCディスプレイと木皿を落として壊してしまう
結婚式と主日礼拝で順序を飛ばしたり順番を間違えたりする
参加するはずの会議をすっかり忘れていて遅れていく・・・。
せっかく生き延びたのに
忘れっぽいのとおっちょこちょいなのは昔からのことなのだが、
避けられるはずの失敗を避けることが出来ずに、
いちいち全部踏んで歩いているかのようだ。
 
ちなみに、壊れてしまった書架はようやく修理したものの
書籍はまだぜんぶ床の上に平積みになったまま。
というわけで、完全復調にはほど遠いが、
来週には少しお休みを戴くことになっているので、
上手にリフレッシュして復活を期したい。
今週こそは、と毎週思う。
避難者さん方がみんな「卒業」されたのに、
唯一「卒業」できずにいる「避難ねこ」の通称「小鉄」。
飼い主を探すチラシを作成したので、
近所のコンビニに貼らせてもらおう。
 






2016年6月5日日曜日

健軍情報65-くらべたりしない

避難所の解消から1週間。
それなりに色々なことがあったのだが、
なんだかブログを更新するエネルギーが湧いてこなかった。
放心状態とまではいかないが、
通常の教会と施設の働きがはじまり、
震災関連のあれこれもあり、
放っておいた我が家のあれこれもあり、
考えるべきことも、やるべきことも
目の前にはっきりと見えているにもかかわらず、
優先順位をつけて取り組んでいく力が弱いので、
やるべき仕事が減っていかない。
こなしている仕事のクオリティが低い。
笑顔で旅立つ最後の避難者さんたち
でも、仕方がない。「震災後」なのだから。
多少部屋が片付かなくても、
多少会議の段取りが悪くても、
多少出すべき書類が遅れても、
自分に求める仕事のレベルを落として、
しばらくのこの時期を、乗り切っていこう。
週末限定で続けている泉ヶ丘小での炊き出し
おそらく、たくさんの人たちが、
同様のもどかしさを抱えておられることと思う。
じっさい、そういう話をよく聴く。
風邪を引いたり、体調を崩した、と云われる方も多い。
それでも、どんどん前にすすんでいく人もいるわけなので、
そうした人たちの中に大きな焦りがあり、
取り残されていく、という思いがつのっていってしまう。
陶工房夢紅から食器を失った熊本の被災者さんへ
これは嬉しい!
いっしょけんめい水道の蛇口をひねっても、
そもそもバケツの底は傷ついて
いくつか穴も開いてしまっているようなので、
「元気」はバケツに溜まっていかない。
それでも、最初のうちは蛇口の栓をおもいっきり開いて
じゃんじゃか水を注ぎ続けたので、
それなりに元気にはしってこれたのだ。
でも、もう同じようには水は出てこない。
栓をひねっても、ちょろちょろと流れ出るだけだ。
そういうことなら、むりは禁物。
出てくる水を、出てきた分だけ、大切に使うしかない。
そして、バケツの穴がだんだんふさがるのを待つしかない。
そんな時間も、必要なのだ。
だから・・・、
 
 あせらない。
がんばらない。
人と比較しない。
主は我が避けどころ。
なんだ、やっぱり
できたしこ! だ。
「できたしこ」のカフェ「ルタバ」にて